或る女(前編)有島武郎

有島武郎 【ありしま・たけお】

小説家、評論家。明治11年3月4日~大正12年6月9日。東京府小石川水道町に生まれる。明治29年、農業革新の理想を抱いて札幌農学校に入学。キリスト教に接近するも、後に背教することになる。明治43年、雑誌「白樺」に同人として参加し、文学活動に入る。大正6年に発表した「カインの末裔」などにより、作家としての地歩を確立。自己の本然の要求に生きようとする人間と環境との相克を描いた。特に、近代的自我にめざめた女性の破滅を描いた「或る女」(明治44~大正8)は、近代日本文学史上、屈指の傑作と評価される。また、「惜みなく愛は奪う」(大正6)など、評論でも独自の生命哲学を展開し、労働運動の激化に対する自己の態度を表明した「宣言一つ」(大正11)は大きな反響を呼んだ。大正12年6月9日、人妻であった波多野秋子と軽井沢で心中。享年45歳。代表作は「カインの末裔」、「生れ出づる悩み」、「或る女」、「宣言一つ」、「星座」など。

       一  新橋(しんばし)を渡る時、発車を知らせる二番目の鈴(ベル)が、霧とまではいえない九月の朝の、煙(けむ)った空気に包まれて聞こえて来た。葉子(ようこ)は平気でそれを聞いたが、車夫は宙を飛んだ。そして車が、鶴屋(つるや)という町のかどの宿屋を曲がって、いつでも人馬の群がるあの共同井戸のあたりを駆けぬける時、停車場の入り口の大戸をしめようとする駅夫と争いながら、八分(ぶ)がたしまりかかった戸の所に突っ立ってこっちを見まもっている青年の姿を見た。
「まあおそくなってすみませんでした事......まだ間に合いますかしら」
 と葉子がいいながら階段をのぼると、青年は粗末な麦稈(むぎわら)帽子をちょっと脱いで、黙ったまま青い切符(きっぷ)を渡した。
「おやなぜ一等になさらなかったの。そうしないといけないわけがあるからかえてくださいましな」  といおうとしたけれども、火がつくばかりに駅夫がせき立てるので、葉子は黙ったまま青年とならんで小刻みな足どりで、たった一つだけあいている改札口へと急いだ。改札はこの二人(ふたり)の乗客を苦々(にがにが)しげに見やりながら、左手を延ばして待っていた。二人がてんでんに切符を出そうとする時、
「若奥様、これをお忘れになりました」
 といいながら、羽被(はっぴ)の紺の香(にお)いの高くするさっきの車夫が、薄い大柄(おおがら)なセルの膝掛(ひざか)けを肩にかけたままあわてたように追いかけて来て、オリーヴ色の絹ハンケチに包んだ小さな物を渡そうとした。
「早く早く、早くしないと出っちまいますよ」改札がたまらなくなって癇癪声(かんしゃくごえ)をふり立てた。  
青年の前で「若奥様」と呼ばれたのと、改札ががみがみどなり立てたので、針のように鋭い神経はすぐ彼女をあまのじゃくにした。葉子は今まで急ぎ気味(ぎみ)であった歩みをぴったり止めてしまって、落ち付いた顔で、車夫のほうに向きなおった。
「そう御苦労よ。家に帰ったらね、きょうは帰りがおそくなるかもしれませんから、お嬢さんたちだけで校友会にいらっしゃいってそういっておくれ。それから横浜(よこはま)の近江屋(おうみや)――西洋小間物屋(こまものや)の近江屋が来たら、きょうこっちから出かけたからっていうようにってね」